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『雷電本紀』飯嶋和一

 天明・寛政期にあらわれた史上最強の力士と言われる雷電(生涯でわずか10敗)の一生が描かれる。それを読むかぎり江戸期にも大相撲の腐敗もひどいもの。何しろ幕内力士はみな諸大名に召し抱えられ、まるで番付は藩の勢力分布図さながらだ。大名は相撲会所に圧力をかけ、番付や取組みにまで口を挟む、力士には星の貸し借りや売買までが横行し、10日間のうち7、8日がそうした「こしらえ相撲」という事態に及んでいる。
 そんななか雷電は何の情実も妥協も土俵に持ち込まず、天下無双の強さを誇ります。実話です。抑圧され続ける庶民の心をとらえるのは、心で相撲をとるものの姿です。飯島和一は歴史をたどりながらいつも、現代をつらぬく危険な弓を引いている。「見物していた己れが、かつては持っていたが、いつの間にか自ら失い、あきらめてしまった思いや怒り。(略)何もかも群れ集まり、少しも目立つまい、波風をたてまいとして、いつの間にか平然と日を暮らす己れのブザマをつきつけられた思い」が読者を打ちのめす。