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『トムは真夜中の庭で』フィリバ・ピアス

 卒業設計という課題があります。自分でどこかに敷地を設定してやりたいことをやってもいい。設計を志す学生にとっては大切な通過儀礼であるのだけれど、僕のいた地方大学ではその意義はないがしろにされ、それまでの設計課題と変わらない体裁が求められていた。そのことがぜったいに気に入らなくて、敷地も縮尺も機能も与えず絵を描いて提出した。タイトルはぼくの見た幻想。いま思えばなにも建てなくてもいいじゃないかという意気込みだった。最後に、こころの中に帰ってくる場所が見つけられたらそれでいいよ、というような稚拙な詩をつけて終わりにした。(案の定この提案は認めないと物議を醸した末、ある先生の推しに救われて無事に卒業)
 建築へのこんな気持ちは今も変わっていないのかもしれない。

 主人公トムとハティにとっての庭、それはこころの中にある帰る場所だった。少女ハティにとっても自分が自分でいられる居場所、それはトムももちろん同じ。年老いたハティが子どもの頃を懐かしんで見ている夢の中に、少年トムの身体は入りこんで行く。前回取り上げた『夜と霧』、強制収容所でほとんどすべての持ち物と衣服と自由を奪われてもなお、決して奪うことができないものが一つだけあると語られる。それが想像力。幼いトムとハティはその想像力で生きる力を養っていく。
 時間と空間を自由に行き来する構想はファンタジーそのものだけど、本書はそれだけにとどまらず、一語一句の文学としての味わいが深い。全編にわたって精緻な描写を通すことでかえって、人生という時間の多くは(実はほとんどが)こうした夢とうつつの往還なのだと気づかせてくれる。(2018.2.3)