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『忘れられた日本人』宮本常一

 小さい頃、それは滋賀の実家で暮らしていた頃、家の中に本はほとんど見当たらなかった。両親が本を読んでいる姿は全く記憶にない。長男だった父は家を継ぎ、家で仕事し、まだ父の弟妹も祖父母もいる小さな長屋にはところ狭しと家族がいた。本を読むような環境や居場所なんてどこにもない。当たり前だが僕は高校になっても、夏休みの宿題の読書感想文のためにしか本なんて読んだこともなかった。幼少期に読むべき児童書や思春期に読むべき文学をリアルタイムで一冊も通過していない。これは自慢じゃなくてむしろコンプレックスの始まりだった。
 宮本常一が西日本は無字社会だったと言っているが、うなずけるような幼少時代を過ごした。学校教育がよくも悪くも戦後の社会を一変させたと思うが、おかげで僕は学校で学ぶ国語や音楽が大嫌いだった。実家の暮らしぶりと離れすぎて面白みがさっぱりわからず、自分から本を貪るように読むようになったのは大学で建築を学ぶようになってからのことだ。
 そうやって転向した僕にとって本著はそのよすがとなった。何しろ文字も書けない学もない馬喰や性の話が多いからね。宮本の民俗学的な価値には無知だけど、忘れられた日本人というところに漂う空気感だけは肌で理解できる。だから、この本に出てくる日本人は僕の父であり祖父母であるような気がするのです。