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場所の自由 Ⅰ

『住宅建築』2011年4月号掲載文

 
 
 15年以上前のことになる。ある日、イヨという犬を飼っていた若者が3羽の鶏(オス1、メス2)を飼うことを決めた。廃校になった小学校跡を拠点にしていた象設計集団と高野ランドスケーププランニングが借りているチンネル小学校(北海道音更町)の広い庭に、彼は意気揚々と大きな鶏小屋を作りはじめた。それを見かけた男は、すぐさま彼を怒鳴りつけた。
 「お前、何考えてんだ。鶏小屋をつくるってことがどういうことかわかっているのか。」
 断りもなく庭に小屋をつくりはじめたから怒っていたわけではないことはすぐにわかった。
 「外に放り出したら死ぬかもしれない。でも生きるかもしれない。それが自由さ。それでも小屋に入れると言うんなら、お前はその自由と引きかえの愛情をこの鶏に与えなきゃならないんだ。お前がイヨにかけれいる首輪。お前がイヨの自由を奪っているんだよ。それがどういうことかを考えるんだ。生きるってことを。」

 そばにいてその一語一句をほぼ正確に覚えている。まだ象設計集団に入って半年程しか経っていない時のことだった。「自由」という漠然とした観念を具体にして目の前に叩き付けられたような気分を忘れない。
自由はけっして与えられるものではない。用意した鶏小屋は、僕たちが気づかぬ間に取り囲まれている人間社会の制度そのもののようだ。鶏の自由と建築の自由はいつも等しく大切な問題となった。鶏小屋を建てることだけが建築なのではなく、鶏小屋という障壁の外に建築はあるべきだ。この大胆な仮設から、私達の建築ははじまっている。
 庭に放し飼いになった鶏は、夜は樹上で身をまもった。オスを買いたしたことから、ボス鶏闘争がくり返された。時には外敵におそわれ命を落とすものもあった。十勝の長い冬がやってくると、にぎやかだった庭は、真っ白な雪の下に静まりかえった。そして春が訪れた時、事務所の床下からヒナ鶏を引きつれた鶏が列をなして庭に出てきた。彼らは十勝の長い冬を越したのだった。
文・羽渕雅己